葉っぱ日記

日々のあれこれを。気づいたままに書いています。

これがしたくて生まれてきたんだなぁ。

自分でも少し
奇妙だなぁと思うのですが

ごくごく小さな頃から
「愛したい」
「慈しみたい」という
クッキリとした
願いのようなものが
ずーっと
ずーっと
脈々とあって
それは、もう
途切れることなくあるんだけど。

大人になるうちに

「で?それでどうなるの?」
「食べていける?」
「得する?役に立つ?」
「本当にできるの?」
「かえって迷惑かも」
っていう現実的な思考が
いつも、自分を駆り立てるようになり。

この
「愛したい」は長らく途方にくれて
福祉関係に爆走したこともあったり
スピ関係に爆走したこともあったり(笑)。

それもいい勉強になったのですが

おかげさまで
穏やかな日々の中

我が子達を
「可愛い可愛い」と
育てているうちに
それが
自然な形で
ムクムクとふくらみ
今はただ
当たり前のように
意識の中心が
そこに向いています。

その「愛する」を
あらゆる場面の
自分にむけて
生きてみたら
どうなるんだろう?

あらゆる瞬間の
ワタシという命を
この
「愛したい」
「慈しみたい」で
包んでみたら
どうなるんだろう?
って。(笑)。
ここのところ
実験しています。

そうしたら
生きているだけで
ホンワカ幸せで
そして
自分の周りの人も
笑顔になるから
面白いなぁと思います。

色んな考え方が
あるのだけれど。

私にとっては
「愛する」こと
そのものが目的なので

現実に
嬉しいことがあったり
上手くいったりしたら
そりゃあ嬉しいし
喜ぶけれど
そういう自分をただ愛して、終わり(笑)。

現実に
悲しいことや
苦しいことがあったら
それを避けたり解決しようとしつつ。

その一つ一つを
そうやって生きている
この瞬間の自分を
愛したら、はい、終わり(笑)。

「愛に包まれる」
感覚は
それはそれは心地よく

自分が
フワッと広がり
大きな何かに
包まれるような
懐かしさがあります。

そして
これに触れれば触れるほど

私は
これがしたくて
生まれてきたんだなぁと。

しみじみ
実感します。

朝に宿題、これ大変。

雨ですね…。
一日おきに
登校していた長男も
今日から通常登校。

しかし
すっかり身体が
一日おきのリズムになっていて
なかなか苦戦しています。

まず、宿題。
2年生になり
内容的にも
量的にも
グッと難しくなり。

今まで
「明日休みやから
 明日やろ〜」
とか。
「こんだけやって
あとは明日やろ〜」と
2日がかりでやってたのに
突然
「今日でこんだけ全部?!」状態です(笑)。

もう、今朝にいたっては
「明日やるわ」と
のばしのばし
してきた、宿題を前に
早起きしたものの

「何か、やる気でえへん」
とゴロゴロ。

母、ヤキモキ。
「ラーメンでも食べたら
目が覚めてやる気でるかな」と言うので

「わかった!ラーメンやな?!」
と大急ぎでラーメンをつくりました。

息子は
ラーメンをキレイに
完食してから

「ああ〜…何か、しんどくなってきた。
疲れかな?身体がダルいなぁ。休みたいな」
と。
ここに至り
逃避計画に移行したもよう。

食欲もあり
熱もないので

「今日だけは行ったほうがいいよ。
連絡帳に書いてあげるわ〜。
『後でやるって、
早起きして宿題頑張ったけど
間に合いませんでした』って。
だから、もうこのまま行っておいで」
とスパっと言うと

「それは嫌や…。
しゃあないな
わかった。やるわ〜!」
とやっと火がついたのが
何とお友達が迎えに来るまで
あと20分。

「登校班に間に合わなかったら
送ってあげるから!がんばれ〜!!」
と声をかけつつ
起きてきた
下の二人の対応に追われ
次男は泣くわ
授乳しながら
長女のココアリクエストに応えつつ。

「間に合わへんかもなぁ。
もう宿題できたとこまででいいよな
 学校も遅刻していけば、いいよなぁ」

「こういうことを経験して
また、自分で学ぶかな…」

とすべてをいったん
諦めて、一息つき
ふと見ると

すごい勢いで
集中して
あんなに嫌がっていた
宿題を
パッと終わらせた、息子。

「もしかして登校班に間に合うかもしれん!」

とパパッと
着替えて
出かける準備。

「おお?!すごい!
今の気分はどう?」と聞くと

「めっちゃスッキリ!!」と
ガッツポーズしていました〜。

そして
怒涛の追い上げで
何とか
登校班に間に合い
無事に出発。

はぁーっ疲れた(笑)
朝からこのシーソー何?

この後は
保育所イヤイヤ言うてる
娘をなだめなだめ
おんぶしながら登園。

なんかもう
朝だけでも
すごい労力よね(笑)。

書いてみて気付きました。
私、めっちゃ頑張ってるやんか〜。

やっっっと!

こんにちは。

やっっっと
保育所が再開して

やっっっと
小学校がはじまりました。
(行ったとたん
もうすぐ帰ってくるけど)

三食つくって
家事しつつ
乳児をかかえて
幼児と
小学生を
ずぅっと家で
見続ける日々は

とにかくとにかく
ハードでした〜💧

1歳児も
眠りにつき
何ヶ月ぶりの
静けさ。


私の
心の中で
映画「ロッキ」ーの
クライマックスで流れる
テーマ曲が
流れています。

「チャララ〜ラ〜
チャ〜ラ チャ〜ラ
チャララ〜 ラララ」

エイドリアーン!!

がんばったよ
私。
ほんっとに
よくやったよ。

ちゃんと
子ども達
心身共に
無事に
のりきったよ〜。

とりあえず
ガッツポーズしながら
ゆっくりします。

1才3ヶ月

今日で
1才3ヶ月の次男。

とにかく
とにかく
高いところに
登るのが好きで

洗濯かごを
ひっくりかえしては
ちょこんと乗って
高いところにあるものに
手をのばす。

まだおぼつかない
足取りなのに
両手で
洗濯かごを
持って
運んできては
おいて、よじのぼっている。

バランスをくずして
バターン
「うぇ〜ん!!」となって
抱き上げると
「ぱーっ、ぱーっ!」
と授乳のリクエスト。

「はいはい、そうかそうか」
と、授乳。

こういうことを
日に何回
くりかえしてるだろう(笑)。

いつかは
やっぱり
聞けなくなる

この
「ぱーっ」
「ぱーっ」という
可愛い声を

耳の奥に
いつまでも 
いつまでも
とどめておけたらなぁ。
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朝の習慣


子どもたちがまだ
寝ている間に
少しストレッチと
簡単な
呼吸法をしてから
イメージ瞑想をする。

なんだかんだ

時には
寝坊したり

時には
サボったりしながら

それでも、ずーっと
続いている。

一日に一度は
自分の
コアにある
願いのような
祈りのような
エネルギーに
触れたいと思うから。

それは
「いいこと」も
「わるいこと」も
ただ
こうして
現れては
去っていく。

この
「いきている」
ということ
そのものを

しずかに
見守っているような

やがては
きえていくすべてを
この人生で
体験できたことを
ただ
抱きしめて
感謝し
見送っていくような。

これが
「慈しむ」ということ
なのだろうか。

ほんのひととき
瞑想の中で
自分を
世界を
眺めてみることは

静かで
奥深く
何よりも
心地いい。

さて、今日も
たった一度きりの
今日がはじまる。

休校中

休校中。

小学校2年生の息子は
前よりも
うんと表情が
幼くなり
甘えん坊になった。

「抱っこ」
と膝にのってきては

「お母さんのこと世界で何番目に
好きやと思う?1番とちゃうで」
と言って
私の顔をみてから
にっこり笑い

「0.0番やで!1番よりもっともっと上!」
と、目を大きくして
得意気に言ってくれる。

緊張感がとれ
赤ちゃんのころから
あった
そのままの
ホンワカした感じが
全面にでてきて
毎日、可愛い。

ずっと
小さいながら
保育所
学校という
社会に出続けて
緊張してきたんだな、と
しみじみ想う。

こんなにも
ただ、家ですごすだけで
武装解除」し
ホンワカとやわらかくなって
すっかり
「素」にもどる息子を
目の当たりにすると

「この人は、学校
いかなくてもいいのかもな」と
思ったりする。

とにかく
感受性が豊かで
繊細で
時々、ハッとするくらい
やさしくて。

その分
傷つきやすくて
自分を責め
何かをためこんでしまう。

こんなにも小さいのに
一生懸命
周囲にあわせて
自分を変えようとしてきたんだな、と。

今の
そのまんまの息子をみて
つくづく想う。

学校
行かなくても
いいよって。

覚悟をきめて
いつだって
本気で言える自分を
せめてこの
休校中に
育てたいと想う。

そして
何よりも大切なのは

あなたが
あなたとして
のびのび安心して
生きることだと。

それこそが
宝石のような
あなたの輝きを
大人になるまで
もっていける、道なのだと
身をもって
息子に伝えられる

そんな大人で
ありたいと想う。

創っている

私こそが
この世界を創っているな、と
つくづく思う。

身体の重たい日なんかに
笑顔ではしゃぎ
ふざけ合う子どもたちと
すごす一日のはじまりには
特に、そう思う。

「お母さん!おかあさ〜ん!!
お母さんて、いうてるやろ!!!」

声のおおきな4歳の長女が
ぼーっとしている
私を呼んでいる。

ただ、ただ
見てほしいだけなんだけど
「あ?うん。なあに?」と。
そこに応じるにも
多大なエネルギーを要する。

ウンチをして
走り回る
1歳の息子をつかまえて
オムツを変える。
すでにエネルギーの枯渇を感じる。

「お母さん、抱っこ」
7歳の息子を抱き上げるのは
今朝は、まず、無理だな。

ごはん、ごはん
朝ごはんしなきゃ
ああ、部屋も散らかってる💦

寝ている間に
私って何してたの?
何でこんなに
疲れが取れないの?
という朝。

三人の子どもたちと
すごす一日は
まるで、修行のように
ズシッと重たくのしかかる。

そういうときに
まず
私がすることは

「起きているけど休息モード」の
スイッチをいれること。

ただ、目を閉じて
呼吸を数える。

「長い一日を
無事に乗り切れるだろうか」とか

「もう、体力の限界だ」とか

「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」とか

これ以上
ネガティブなイメージや
ネガティブな思考で
自分に負荷をかけることの
ないように。

まず、鎮める。

吸って
吐いて
す~っ
は〜っ 

「今日は呼吸をしていれば
もう、それでいい」

「こうして息をしていれば
もう、それでいい」と

自分に伝える。 

「ああ。そうか、もうそれでいいんだ」

呼吸のたびに
安堵感が少しずつ
広がっていく。

そして、静まった感覚で
もう一度、現実を見てみる。

くったくなく
泣き、笑い
そのまま
のびのび生きている
愛しい存在達に
かこまれている。

こんなにも
求められて
愛されて(笑)。

ひと呼吸
ひと呼吸ごとに

愛を
たっぷりと
とりこみ
はきだす。

ひと呼吸
ひと呼吸ごとに
私を包み込む

あたたかな
光のイメージで
私を満たしてみる。

フッと自然に
身体がゆるむ。

私こそが
この世界を
創っている。

だからこそ

この私を愛して
この私を満たすことを
日々の
最優先事項としようって
やっぱり思う。