葉っぱ日記

日々のあれこれを。気づいたままに書いています。

昼寝をするネコ

テレビのニュースも
スマホのニュースも

「〇〇で○歳の男性(女性)が
コロナウイルスの陽性」
そして、あらゆる場所で
「休園」「中止」

そんな情報で
溢れかえっています。

じっとしていても
不安になって
情報を見れば
まるで薪をくべるみたいに
さらに不安が燃え広がる。

ふと
来年の今頃
どんなふうに、今が見えるだろう?
3年後は?
5年後は?
10年後はどうだろう?と考える。

「あぁ〜あの時は大変だったなぁ」

「社会全体がパニックになってたよね」

「何が怖いかって
ウイルスより何より、人だったね」って

なってるだろうなぁと思う。

コロナに感染することより
コロナに感染してしまうことで
周囲に及ぼす影響の方が、怖い。

これって、冷静に考えたら
ヒドい話だ。

無人島で
自分がたった一人だったら
コロナってたぶん
インフルエンザか
それ以下だ。

でも、ここで。

大勢の人が暮らす
社会の中で
コロナに感染して
小さな町がパニックみたいになって
そのうち高齢者にうつってしまって…

色んなことが
「私のせいで」って
大好きな人たちにも
申し訳ないことをしたって。
なってしまうかも、と思うとやっぱり怖い。

うん。怖いよね。
コロナじゃなくて人が(笑)。

でも、これって
たぶん、もともと私の中にあった
対人恐怖の延長線みたいなもの。

何をするにも
私はいつだって
どこかで人を怖がって
生きてきたから。

結局は
私の中に種火があるんだろうなぁとも
思うのです。

「こんな時こそ。安心を」って
言いたいけれど。

私にとって
安心はネコみたいなもので
追いかけると逃げてしまう(笑)。

こんな時に
私にとって有効なのは
「不安のまま呼吸する」こと。

不安を避けることではなく
「今、不安になってるなぁ」
「今、怖がってるなぁ」

その体感を
そのまま感じながら
呼吸してみる。
ただ、呼吸に意識をむけて
不安の中を生きること。

平気なふりもしなくていい。
楽しいふりもしなくていい。

不安のまんまの自分を
感じながら
「これでいいんだ」
「このままでいいんだ」と
呼吸してみる。

そしたら、その不安は
「よせてはかえす」波のように
しだいに
しだいに
落ち着いていく。

追いかけることをやめたら
そばで昼寝をしていた猫に
気がつくように。

大丈夫。
怖くても大丈夫。
不安であっても大丈夫。

そのままを
そのままの自分を
生きていこうと思う。